新元号が令和になりましたね。新たな時代が0(れい)と輪(わ)で世の中が丸くなりますようにと祈ります。いい響きだと感じます。

以前年賀状に「令夫人」と書かれたことがありまして「え…誰だれ?わたしのこと😳?」と驚いたことがありますが、令嬢という言葉の響きからも令の字の持つ凛としたシュッと整った感じが良い働きになるといいなぁと思ってます。

さてさて、今日は余談です。

不惑の40を前に私は人生をガーーッと巻き戻してその時その時の思いや肌ざわりや時代の空気を思い返す作業をしばらく繰り返してきました。いわば棚卸しです。

そして、人生で最も斬れ味があったのがおそらく中2~3の頃で、しばらくそれは「なんであんなに賢かったんだろ?夢だったのかもしれないなぁ…」と蓋をしてこっそりと生きてましたが、思い出したら再びまたあの頃の記憶力が人生で活用できるかもしれないし、必要な人にシェアできるかもしれない…とブログを日々書き続けてます。ああ、こんな感じだ…という感覚で今日は書き進めます。

ああ、おかしな人だなと笑ってください。

だって今日はエイプリルフール。私の大好きな日です。

高校の頃から脳の研究を本を通じて地味にしてきたのですが、もし自分の脳に個性があるとしたら、私はうっすらサヴァン症候群なのだろうと思います。

かいつまんで書くと、見たものを見たまま再現する個性を持つ人で、有名なのは映画レインマンですが、「よーし、500点取るぞ~」と決めて出題範囲を頭に写真を撮るような感じで記憶して、そのままテストを受けたわけですが、この個性だと「なぜ?」と問題文に対して疑問を持たずにただ記憶したものをアウトプットするだけでいいので、少し頭の中でカンニングをしているような感覚になります。コツコツというよりも、パシャパシャとカメラを撮る感じなので、しばらくどう説明して良いのかわかりませんでした。なんかすごいと言われても、実はスッカラカンな頭の中身を「出来る人風」にするのも無理があるので、ボーッとするしかないと言えばいいのか…。大人になってから右脳教育、七田式教育などに出会ってやっと、なるほど…と自分の記憶法と似たものを研究した人がいるのだなと安心したものです。

「えーと。この問題は36ページの下だったかな…」と頭の中のノートを見ながらテストする感じです。

この記憶法は役立ちますけど、もちろん間違いもあって、私は8分の5を5分の8と書いて残念ながら500満点に5点足りなかった訳ですが、これは脳の個性だと薄々気づいてからは語学に応用したり似顔絵師になったりと、自分を病気扱いしないで生きられるようになりました。ハタから見たら病気的な部分はあるかと思いますが、気にしないです。それも含めて個性で、これからの時代はより個性を活かしやすくなってほしいと願ってます。それでこそ多様性と捉えてます。

見たものをそのまま覚えるのと、それを実生活に活用するのはおそらく脳の中でも別の部分だと思います。

きっとこれからも脳科学の分野は発展するでしょうから、新たな発見が楽しみだなと期待しながら、本で読める限りは読んでシェアしたいものです。

私はあまり理数系の分野は得意ではないですが、好きではあるのでここ数年理数系の雑誌に色々教えてもらってます。雑誌はわかりやすくてありがたいですねぇ。

去年はよくNewtonを読んでましたが、今回は日経サイエンスを取り寄せました。山中教授の言葉も一緒に読みました。

 

 

SNSの初期あたり(10年以上前)に知り合った方が山中教授の研究室で働いているので、少しだけ親近感がわきます。益々のご活躍を祈るばかりです。

このサヴァン的な脳の個性を私はどこで少しは活かせてるかなと考えると、おそらく文字の世界だろうと思います。

大学を編入する時も、開始の合図で3秒…とはいかないですが30秒くらいで解き方と全体像が掴めたので、文字が放つ膨大なメッセージの美しさを楽しんでたのでしょう。特に漢字は美しいと思います。立体的になる時があります。

要するにサヴァンとは普段目にする景色や数字をそのまま方程式に見立てたり、その規則ないし不規則性を表現したくなる病…なのではなかろうかと前向きに捉えてます。人生そのものも大きな方程式のように感じて、少し解法に気づいた時に起業の準備を進めました。あ…本当のサヴァン症候群の定義は興味がある方はそれぞれご自身の言語を持った上で表現してくださいね。ここに書いたのはあくまでも極めて個人的な解釈です。

自分の人生の半分くらいは「しっちゃかめっちゃかな何をしたいか分からない混沌とした人間」と小さく生きてきて、今も変わらず小さいままワイワイ過ごしてる訳ですが、物事の見方を「わたしはダメな人間」と解釈するか「結構がんばってるじゃん!」と前向きに捉えるかで見える景色は大きく変わるのね…と、大人になるが故に視野が狭くなっていった自分を、自分の過去を振り返ることで気づいたり発見があるのではないかな…な~んて、とりとめもないことを思います。マクロとミクロの使い分けと言いますか…わかりにくかったらごめんなさい🙏

高校に入ってからは見事に赤点だらけで、教科ごとにオムニバス的に進む感覚についてゆけなくなったり、それはただ単に私のメモリが授業のペースに追いつかなかっただけですが、自分の個性を探る旅が幸せの鍵だと最近つくづく思います。過去と未来のはしごとして今があるなら、過去も慈しみたいと思います。未来へのはしごを揺るぎなくするためにも。

高校時代の授業中は第九をドイツ語で丸暗記したり、学問のススメを授業中にどこまで覚えられるか…など、テストに絶対に出なさそうなあたりを独学してました。大学時代もそのクセはさして治らず、どこまで般若心経を丸暗記できるか…などに力を注いでたのですが、のらりくらりしながら無事卒業出来てよかったです。寄り道大好きな自分をヨシと包み込んだ時から人生が輝き出しました。

もし現在悩みを抱えている方はぜひカラーボトルなどでゆっくり自分と向き合う旅をしてみてください。詳しくはメニューをご覧くださいませ。

さてさて、長くなりました。

オール5神童時期と通知表2だらけの赤点追試女王と両方体験した私が書ける、エイプリルのフールのお話しでした。わたしは天才バカボンになりたいのだ〜!…って、おかしなセラピスト!

人生色々ありますが、これでいいのだ!って笑って必要な方の背中をポンポンしたいのです。だってみんな天才性を備えてますからね〜。気づいて活かさなきゃ人生もったいない!

今日もお読みくださりありがとうございました。