小学生の頃は勉強もできない訳じゃないけど、活字の本より漫画が好きな縄跳びばかりしてるちょっと足の速い子、ドッジボールは真ん中くらいで当てられて、賢い子を見てすごいなと思ってました。

中学校入学と同時に転校したので、ちょっと賢くなりたいなと思って時々ガーッ!と勉強して、順位の出るテストだけ1番取って、勉強しない時はクラスで5番目くらいでのほほんとする時もあったし、陸上で全国大会に行って、写生大会で金賞とってオール5取って、なんかのび太のくせに出木杉くんみたいなことをしてみたくなった時期でした。

高校の時は入学していきなりサインコサインって何?よくわかんない…と思って勉強を放棄して、テスト週間なんていらねぇ、さっさと終わりやがれと思って誰もいない校庭を走ってて、しょっちゅう追試を受けて、もう少し頭良ければいいのになと思ってました。なんとか大学に滑りこめてよかったです。

…というわけで割と極端な若い頃を過ごしたので、息子らにも多くは求めないし、健康であれば嬉しいです。勉強したくなる仕組みは作ってあげたいけど、わたしは結構不器用。家の中ではのびのびしてて欲しい。あと最低限、気持ちよく挨拶できれば万々歳。

経歴だけ見ると、文武両道ですねと言われますが、そうみえるだけで中身はこんなもんです。

勉強も運動もパーフェクトな人、いると思いますが私の内実はこんなもんです。勉強か運動かをできる時にガーッとやる。こつこつできないけど、ガーッ!を継続して繰り返せばうっすら形になってくる。

495点とった時はたまたま試合もなかったので、ちょっと真剣に勉強するか!と思って、勉強の方が500点とれば1番取れるってわかりやすいから、スポーツより簡単と感じていました。

陸上のほうがどう頑張っても越えられない壁みたいに、才能の差を感じていたのでやり甲斐があったのかな…って。もちろん勉強も義務教育を終えるあたりから、この「知」の無限の世界が広がってくるわけですが、そこからが面白いとは感じつつも、どうにもパーフェクトは無理と気づいて一時放棄したのだと思います。学ぶ気持ちさえ無くさなければ、何とかなるかな…って。 

 

そんなわけで朝から何を書いてるのだろうと思いますが、わたしに対して「何でもできるんですね」というお褒めの言葉をいただくのは嬉しいのですが、やりたい時にやりたいことをとことんやっただけで、優等生にも落ちこぼれにもなってたので、経歴なんて砂の城みたいなもんですと私個人は感じます。やる時は全部投げうって頑張るから、それは嘘でしたとは言わないけれど😅

何というかわたしの人生、博打打ちみたいなもんですね。勝負師になりたかったんです。

わたしのメインの仕事は地域のおじいちゃんおばあちゃん相手なので「あの人はどこから来てどこの学校出て…」って詮索される前にチラシにぜーんぶ書いちゃったけど、経歴を見て感じる部分とわたし個人の実感にはかなりの差があるもんですよ、という話でした。

ではでは、よい休日を。

写真は昨日の夕暮れ。